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てらたにこういち
Kouichi Teratani
Thinker,Journalist,Creator

東京都新宿区生まれ
誕生日:8月8日
趣味はスキーにバイク、ウェイクボード
60年代生まれの独身×あり

[未完成]思想家、ジャーナリスト。
映像クリエイター、執筆、PR制作/HERMES inc.代表取締役。
フリージャーナリストとして歌舞伎町のまちづくりをウォッチするほか、ブログ、執筆、インタビュー、WEB戦略などを通じ、歌舞伎町の光の側の発信源の「核」。自身の活動として地下鉄や山手線など公共交通機関の24時間運行、夜間電力の有効活用・蓄電によるバスのオール電化推進、風適法の実態にあった改正と営業時間規制撤廃などを求めた活動。
また、現代をヒトの大進化過程、進化パンデミック前夜であるとし、X・Yに変わる新たな性染色体"Z"の出現を予言。
 
"Anyone who trades liberty for security deserves neither liberty nor security. "
by Benjamin Franklin

"You would rather than escape to a goodness,put you at precarious life."
― 『善良』に逃げ込むぐらいなら、人生を危険にさらせ。
by Kouichi Teratani
 
中心(0)思想、Neo Anarchist。

2010年2月4日木曜日

『剛』と『豪』、小沢一郎氏不起訴、そして朝青龍の引退、現代のヒールの対照的な幕引き。

小沢一郎氏不起訴、そして朝青龍の引退、現代のヒール(悪役)の対照的な幕引き。

2月4日、二人のヒールの幕引きが、ほぼ同時に発表された。
一方は、政治資金規正法違反で嫌疑がかかっていた与党民主党幹事長の小沢一郎氏。部下の3人の元秘書は起訴され、当の本人は不起訴処分とは言え道義的責任はまぬがれない。
もう一方は、場所中の飲酒トラブルによる引責的引退を発表した横綱・朝青龍。



小沢氏不起訴、小沢氏の元秘書・石川衆議院議員、元私設秘書・池田光智氏は起訴、元公設第1秘書・大久保隆規氏は追起訴。小沢氏の政治団体陸山会等の政治資金虚偽記載による政治資金規正法違反で元秘書3人は起訴または追起訴、当の管理責任者である政治家本人、小沢一郎氏については、検察は、“嫌疑に十分な証拠が不十分”ということで小沢氏の不起訴を決めた。なお、野党・自民党は、なお小沢幹事長の道義的責任追及を強めると同時に石川衆議院議員の議員辞職勧告決議案を2月4日中にも提出することになっているという。



朝青龍、幕内優勝25回、平成の大横綱と呼ばれたモンゴル出身の第68代横綱。2010年初場所の最中でもある1月16日に飲酒による泥酔トラブルを起こしたと言われている。その後、この場所を13勝2敗で優勝している。
週刊誌等では知人男性との暴力トラブルとなっているが、本人が酩酊状態だったこともあり、総方の言い分や報道の真偽は明らかではないが、2月4日付けで日本相撲協会からの横綱の品格における、いわば道義的責任による引退勧告を受け、本人同意のもと引退を発表。
会見で朝青龍は、「言葉も違う中で、大草原の少年をここまで支えてくれた方々に感謝します。25回優勝もしたし、相撲に対する悔いは一切ありません。」と語った。会見場を去る朝青龍を見送る記者たちから「横綱!ありがとうございました!」という多くの掛け声が印象的だった。


いみじくも、同じ日に、二人のヒールの幕引きがほぼ同時に報じられたことは何かを意味する感がある。


朝青龍は、これまでも「横綱の品格」にそぐわない数々のトラブル、事件報道がされてきたが、一方で今の相撲界の人気を支えてきた人物。若干29歳と、いわばまだ青年の域にあるといえるこのモンゴル青年の幕引きは、一言でいえば潔いと言えなくもない。
「いつかはこういう日が来ると思っていた。」と彼は言っていたが、本人の言うとおり、たしかにやんちゃではあったが、まさに『大草原の少年』のまま相撲界を去ることになった。
朝青龍はもともと酒の強い方ではなかった。付き人は、泥酔しないように進む酒を徐々に薄め、最後は水になるような気遣いをしてきた。時折、感情を露わにして号泣したりする場面もあったと言う。そうした少年のままの姿と、しかしそんな泥酔事件のあった場所においても優勝してしまう、いわば『豪』という言葉が似合う姿を併せ持つ、愛するべき男だったと思う。相撲は神事、横綱は神の寄所、いわば神聖なものであるという旧来の日本の文化・伝統と、彼の持つ少年の部分が合わなかったということだろう。
『横綱』として、あるいは“クビ”はむしろ遅すぎたようにも思う。一方で、その人気にあやかるざるを得ない相撲界そのものの伝統文化継承の担い手としての自覚不足と言えなくもない。だが、“引退勧告”という、ある意味朝青龍に潔さという美学を用意した相撲界と、朝青龍自身の選択は、双方の敬意と愛情を示した出来事であり、そこに一途の光を感じた。



小沢一郎氏、衆議院議員(14期)。民主党幹事長(第9代)。自治大臣(第34代)・国家公安委員長(第44代)、自由民主党幹事長、新生党代表幹事、新進党党首(第2代)、自由党党首、民主党代表(第6代)、民主党代表代行(筆頭・選挙担当)を歴任。55年体制後の日本を代表する政治家。「剛腕」の異名を持つ、日本国外では「影の将軍」「曹操」とも評されている。
初当選は27歳のとき、当時その選挙を指揮した自民党幹事長だった田中角栄氏から可愛がられ、自民党総務局長、衆議院議院運営委員長を歴任し、1985年(昭和60年)に第2次中曽根内閣第2次改造内閣で自治大臣兼国家公安委員長として初入閣。
田中角栄氏がロッキード事件によって政治から追放されて以降、その継承に当たる金丸信はその派閥を自ら小沢氏に引き継がせていった。

宮沢内閣の解散以降、自民党の分裂や新党結成ブームの火付け役として小沢氏が中心的役割をする。もうすでに、この時自民党は終わっていたのかもしれない。小沢氏はこのころから二大政党制を唱え、新進党、自由党と相次いで結成するが、1998年に小渕内閣の官房長官だった野中広務と会談、連立交渉を開始し、同年11月19日、小渕内閣との間での連立政権について合意。そして1999年1月14日正式に自自連立政権が成立、この連立の間に衆議院議員定数20の削減、閣僚ポストの削減、および政府委員制度の廃止と党首討論設置を含む国会改革が行われた。

野中氏は、この時のことを感慨深げに語っていたことがある。

「自民党はすでに壊れていた。この国のために、なんとか存続を図る意図で、公明党さんにお願いしようと思った。だが、それまで与党にいたことのない公明党を招くにはどうしても『座布団』が必要だった。そこで、小沢さんに白羽の矢をたてた。公明党に近い小沢さんと組んで、それを座布団に公明党さんに自民党を支えてもらう。それがこの国のためだと信じていた。」と。

1999年7月、公明党が政権入り、自自公連立政権が成立。自自公連立は衆議院過半数を押さえ、数字的には安定多数、野中の構想は成功したが、そのことでもともと『座布団』に利用した小沢・自由党の影響力は低下、小沢が唱えていた政治・行政改革は遅々として進まなくなる。小沢は当初自民党復党を模索、中曽根康弘や亀井静香らは小沢の復党を認める方針であったが自民党内の反小沢勢力と対立、「復党が認められなければ連立解消」と主張し、結局連立を解消した。この直後、小渕総理は脳梗塞で倒れ、5月14日に死去した。

小沢はそれでも二大政党制を模索した。2002年、現総理の鳩山由紀夫(当時民主党代表)らが設立した民主党と民主・自由両党の合併協議を開始、一度は小沢アレルギーのあった民主党内の反発で頓挫するが、小沢は党名・綱領・役員は民主党の現体制維持を受入れることを条件に、両党間で合併が実現、今の民主党の基盤となった。

2001年、「自民党をぶっ壊す!」と息巻いて現れた小泉純一郎氏が総理になり、改革路線において民主党と自民党は争点を失う。そんな中で国民的人気の小泉総理の陰に隠れ、民主党の不遇期が続いたが、小泉氏退任後、もはや票は公明党におんぶにだっこの自民党には底力が失われていた。そのまま消耗戦の中で、2009年に政権は小沢氏の念願通り二大政党制の中で民主党に移ることになった。

小沢氏が民主党政権獲得後、インタビューでこんなことを言っていたことが印象深い。

「日本らしさ、日本の良さ、そこに自民党は成り立ってきた。しかし自民党はそこに胡坐をかいてしまったんだな。だから国民に切り捨てられた。もう一度、日本らしさ、日本の良さを見つめなおしたい。」と。


今思えば、宮沢内閣解散がすでに自民党の終わりを示唆していた。野中はそれを延命治療したにすぎない。小泉純一郎は、いわば外科手術だった。しかし、結局は、自民党は消耗し、疲弊し、おそらく消滅、もしくは社民党化していくことだろう。だが、小沢は今でも二大政党制を唱えている。健全な民主国家にあるべき姿として、民意の上に形成されるべき政治体制は二大政党制だと。

「日本らしさ、日本の良さ」を信じる小沢らしい、日本人を、日本人の民意を心から信じているのだろうと感じる。



個人的には、「青臭い」と、いい年をした『剛腕』の大政治家を前に失礼とは思うが、ホントに、いや、意外とか、青臭い。良くいえば純粋だなと。この国には、まだ民主主義は根付いていない。民意をなんたるかを知らない。民意とわがままを区別できない、まだまだその程度の国だと思っているから。そんな『民意』の上に、民主主義の上にしか成立しない二大政党制がなじむわけはない。


その、『剛腕』と言われた小沢氏も、老いには勝てないということだろう。
あまりにも焦りが見え隠れする。闇将軍なら闇将軍らしく、裏にいて差配すればいい。
民主党が政権を奪取した、その経費を小沢氏と鳩山氏は『政権オーナー』として、鳩山氏は私財を、小沢氏はゼネコンマネーと田中・金丸金脈で支払った。そういうことだ。私財を投じた鳩山氏はまだいいとしても、小沢氏はどうしたって『ヒール』(悪役)はまぬがれられない。不起訴とはいえ、部下3人の逮捕・起訴により道義的・政治的責任は極めて重い。しかし、にもかかわらず、それこそ朝青龍の潔さとは対照的に権力にとどまり、いや、しがみつく。『老い』とはこういうものか。

国民による国民の政治を謳う民主党の、それでも個人献金の無いこの国で政権を奪うにはそれ相応の経費が必要なのは当然のこと。

信念のためにダーティな受け皿を演じきってきた小沢氏も、高齢なうえに持病の心臓病もある、時間がない、それが焦りとなって彼を前に引き出してしまった。そして権力にしがみつく、潔さとは程遠い。
まさにそれが、彼の最後のミス。

だが、『幹事長』小沢は、参院選の候補者選定を終えるまでこの職に固辞するのだろう。
小沢ismを叩き込んだ議員をどれだけ輩出できるか、そのための『幹事長』。参院選を控え、彼の思惑通り候補者を選定できれば、その後は、自ら辞職カードを切る。そして、鳩山総理に変わり、民主の顔を前原氏に。前原で初めて戦う参院選、国民は政界再編の幻想感を抱き、再び民主党に投票してしまうのか・・。

小沢ismの政治家たちが民主党内をどれだけ掌握できるか、それによっては、小沢はいつでも戻れる基盤をつくる。残念ながら彼の計画は、おそらく実現してしまうかもしれない。

が、そうはいかない。必ず、どこかで誰かがこの姑息な彼の権力に対する固執に気づくだろう。
そして、小沢一郎は終わる。民主党が壊れ、半壊している自民党と再び再編へと向かわせる何かのベクトルが必ず生まれると期待している。


日本は自由社会で、やがて民主主義も根付く時期はくるかもしれない。が、それまでのプロセスとして、今があるわけで、今や高度な未来戦略を設計しなくてはならない切羽詰まっている状態の日本で、むしろ民主主義は無理がある。

少数の優秀な人材が、密室で構わない、しかしそれこそ命懸けで、『民意』という軽薄な正義に振り回されることなく15年、30年、50年の未来へのシナリオを作り出さなくてはならない。小沢氏の理念は正しい。しかし、現実には、まだ時期尚早なのだ。あなたの残り時間とこの国の先行きとの時間軸的な隔たりを知るべきだった。民主党は割れるべきで、自民党の一部と連携して安定多数の政界再編を実現し、少なくとも15年、この国はまだ本当の民主化をしてはいけないと思う。


小沢氏の不起訴が決まった。残念ではある。検察の捜査によって、それこそ刻印の無い金塊の話から何から何まで近代政治の闇がすべて明らかになることを期待はしていた。それは、法律違反がどうとか、収賄がどうとか、北朝鮮がどうとか、そういう話ではない。この国が、この日本がどういう国なのか、国民はそろそろ知るべきだと思うからである。まだまだ途上国並みの民度にあるということを。その上で、国家の生存を懸けて、ではいったい何からやればいいのか、国家が滅びても、日本人は生きていける、そう考える方法だってある。このぬるま湯の中で、ゆでガエル現象じゃないがゆっくりと力を失いつつあるこの日本の姿をもう少し真摯に向き合う必要がある。

何が日本の良さなのか、ひょっとしたら、あるいはそれがこの国の元凶なのかもしれない。


自分は、『剛』でも『豪』でもない、小さな存在ではあるが、分かる人には分かるだろうが、同じくある仕事において『ヒール』でもある。一応それを貫いてはきた。勿論途上ではあるが。

『ヒール』は“悪”ではない。“悪役”なのだ。

朝青龍は引退、小沢一郎はグレーとはいえ事実上有罪宣告、まったく違うが、だがともに『ヒール』の二人、彼らの人生がこれで終わるわけでなくとも、形はどうあれ、信念の前では小さなミス、『豪』は自らの若さゆえに、『剛』は自らの老いによって、志半ばにして役を引きずりおろされていくことになる。



“正義”は一見華やかで光を浴びる存在だが、実はとても弱い存在です。力は“邪悪”の中にある。

人には、正義もあれば邪もある。性善説も性悪説も無い。すべてが手段に過ぎない。堂々と、信念のために“邪”を貫ける、そういう男たちが去っていく姿は、とても、寂しい気がした。

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